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11/06/2009 18.56.06



ヨハネ・スコトゥス・エリウゲナを考察、教皇一般謁見






教皇ベネディクト16世は、バチカンで10日、水曜恒例の一般謁見を行なわれた。

謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)では、このところ続けられている中世のキリスト教著作家の考察として、ヨハネ・スコトゥス・エリウゲナを取り上げられた。

エリウゲナは800年代初頭のアイルランドに生まれ、カロリング朝ルネサンス時代に重要な思想家として活躍した。研究家によれば870年頃、死去したと考えられている。

彼はラテン語だけでなく、この時代の西方の学者には貴重なギリシャ語をも読みこなし、東西の教父神学に広く精通していた。

エリウゲナは、多くの教父の中でも特にディオニシウス・アレオパギタの著作の研究に励み、それをラテン語に翻訳すると共に、生涯を通じてその思想を深め発展させていった。

しかしながら、彼の神学に対する教会側からの批判は、その業績に影を落とすことになった。その理由について教皇は、エリウゲナ自身の目指すところは常に正統な信仰であったが、その思想は急進的なプラトン主義であり、時には汎神論的観点に近づくように見られたためと説明された。

教皇はエリウゲナの代表作として「自然区分論」等を紹介。彼の刺激的な神学的・霊的考察は今日の神学者にも興味深い示唆を与えるだろうと述べられた。

「私たちの救いは信仰から始まる」とエリウゲナが言うように、神について語るには自分たちの考えから始めることはできず、神ご自身が聖書の中で語られていることから始めなければならないと教皇は述べると共に、エリウゲナは、神は真実のみを話すゆえに、権威と理性は互いに対立せず、真の宗教と真の哲学は一致するという確信を持っていたと指摘された。

エリウゲナの神学全体は、言葉で表現できない神を、表現しようという試みであり、その試行錯誤は、「求めるべきはキリストの真理の喜びだけであり、避けなければならないのはキリストの不在です。私からキリストを取り上げるならば、私には何も良いものは残りません。私はキリストの不在だけを恐れるのです」と言うまでの真の神秘体験につながっていったと教皇は話され、その深い魂の感動は現代のキリスト者にも伝わるものであると述べられた。


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